ゆずの香り

ゆずの香りが大好きです。
寒い冬至、ゆずの香りをかぐといつも思い出すお話があります。
たしか小学校、国語の教科書にのっていました。
「ゆず」 杉みき子さんです。

“きりきりとつめたい夜の空気のなかを、ゆずの香りはそこはかとなくただよって消える。”
のくだりが好きでした。
短い話だし、教科書掲載の童話?のなかでも
「ごんぎつね」みたいに有名じゃないんだけど
ふと思い出すお話です。



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雪のしんしんと降る夜道を、少女はあるいていた。

かなりの積雪を踏みかためた道は、家々の窓を見おろすほどに高い。
雪の底に沈んでいるちいさなくだもの屋の灯が、そのあたりいちめんを淡いオレンジ色に染めている。小道をまがろうとして、少女はふと足をとめた。

降る雪だけがそこだけくっきりと浮きだしてみえる街灯の下に、おぼつかなげにたたずむ人かげがある。近づいてみると、それはかくまきをすっぽりかぶったおばあさんで、少女を見ると救われたように声をたてた。きいてみると、はじめてたずねる親戚の家をさがしているのだと言う。
少女はちょっと考えて、ふたつさきの小路にその名の表札をかけた家があったのを思い出した。

雪のつもった町では、あたりのたたずまいが一変して、道になれたものでもふと方角を失うことがある。ただでさえ足もとのあぶなげな年寄りに、そこと教えただけでは心もとなく、少女はひきかえして案内に立った。
「道が細いから、気をつけてね。」
声をかけながらふりかえると、老女は早くも、だれかのふみこんだくつあとの穴につまずいて、よろめくはずみに手に持ったふろしきがほどけたらしい。

さっきのくだもの屋で買ったとみえる大きなゆずが二つ三つ、雪道をころげた。
少女がいそいでひろいあげ、ふろしきへかえそうとすると、いったん受けとりかけたおばあさんは、なにを思ったか、ふと手をとめてつぶやいた。

「わるいけも、そこまで持ってってくんなんないかね。おら、手がはじかんで…」

少女は言われるままに、そのゆずを両手に抱いて、さきに立った。こまかい雪がアノラックのフードにふりかかって、おくれ毛に露をつくる。めざす小路はだれも通らないとみえ、もう細い道のあとさえ消えかかっていて、少女は長ぐつを小きざみにふみしめながら、老人の歩みを先導しなければならなかった。

やっと、たずねる家の表札を門灯のあかりでたしかめて、手ぶくろのままいつのまにかにぎりしめていたゆずを返すと、おばあさんはなん度も頭をさげて、受けとりながらつぶやいた。

「お礼ともいわんねえようなお礼だども…」

妙なことを、と思ったが、少女は気にもとめず、人に親切をしたあとのほのかな満足を抱いて家へいそいだ。

あくる日が暮れると、雪が晴れて、美しい星月夜になった。
いてついた道が、一歩一歩に、ガラスを踏むような音をたてる。
しんしんと冷えてくる夜気に、少女は道をいそぎながら、思わず手ぶくろの手で口のあたりをおおった。そのとたん、ふいに、すがすがしい香りが顔の前をかすめた。  

・・・あ、ゆずのにおい。

少女は立ちどまって、もういちど、手ぶくろをかざしてみた。
きりきりとつめたい夜の空気のなかを、ゆずの香りはそこはかとなくただよって消える。
思いきり息を吸いこみ、少女はそのときはじめて、あのおばあさんの感謝の言葉を思いだした。

・・・そうか、これがあのおばあさんのお礼だったのね。

少女は、宝石でもささげるように、手ぷくろの手を星空に高くかざした。
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by olstyle | 2007-12-25 01:22 | OLの独り言
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